バービーロールモデルインタビューサイト

10 ソフトボール選手

私は「伝える」ために打つ。
夢を失う苦しみの先で掴んだ
13年越しの“恩返し”の舞台

山田 恵里 Eri Yamada
  • 野球を続けてきたから
    ソフトボールに出会えた

    バービーは"You Can Be Anything" のコンセプトとともに60年もの歴史があるんですね。自分はソフトボールを通じて人に夢を与えたり、何かを頑張るきっかけになってもらえばと思いながらプレーしていますが、バービーもきっと同じような思いで開発されてきたからこそ、これだけの種類が生まれたんですね。自分が最初に夢を持ったのは、高校生のときでした。野球をしていた小中学生の頃はこれといった目標はなかったのですが、ソフトボール強豪校への入学をきっかけに日本一を目指すようになりました。のちに達成することになる大きな夢を持てたのは、子どもの頃から好きな野球をずっと続けてきたからだと思っています。

  • やればやるほど結果が出た日々
    世界の頂点で知った“挫折”

    実業団に入ってからは、オリンピックでのメダル獲得が夢になります。日本代表になるために結果を出すべく、目の前の練習にひたすら取り組んできました。当時はやればやるほど伸びていたので、日本代表になるまでは挫折というものを感じたことがなかったんです。アテネ大会では銅メダルを獲得しました。ところが、ソフトボールは2012年以降のオリンピック種目から外れることに…。最後となる北京大会では金メダルを獲得しましたが、良くも悪くも頂点に立ってしまったこと、そして次のオリンピックがないという状況の中で、一時的に目標を見失ってしまいました。あれが、初めて感じた挫折だったのかもしれません。

  • 支えてくれる人に恩返しがしたい
    そして「絶対に復活させたい」

    そんな心境の中でも、試合には出続けていました。あるときグラウンドを整備してくれる人の姿がふと目に入り、その瞬間、「周囲の支えのおかげで金メダルが獲れたし、こうして活動できる」ことに改めて気づかされました。「次のオリンピックがないからといって辞めるのは違う。この人たちに競技で恩返しをしなくては」と強く思いました。「若い人たちにソフトボールの楽しさを伝えたい」という思いも生まれました。自分がオリンピックへの夢を持ったように、今競技をしている人にも夢を持ってほしい。そして競技を続けるからには、「いつか絶対に復活させたい」という信念は常に持ち続けていました。だから復活が決まったときは、本当に嬉しかったですね。

  • 「誰かのため」と思うことが
    何倍も力を引き出してくれる

    若い頃は「自分が活躍したい」という思いだけでやってきましたが、今は「誰かのため」にプレーすることが自分の原動力になっています。実際、そう思ってプレーすることで、力は何倍も引き出されるんです。そして、プレーを通じて何かを伝えることは、自分の使命でもあると感じています。応援してくださる方は多いければ多いほど嬉しいですが、たった一人でも「明日から頑張ろう」と思ってもらえるようなプレーができれば幸せですね。そもそもソフトボールは、思いやりが大切な競技です。誰かがミスをしても、それを他の誰かがカバーすることができる。信頼関係を築いたり、協調性を持つのは、勝つためにも大切なことなんです。

  • 目標を失う苦しみを乗り越えて
    いまの目標は「金メダル」のみ

    今年は甲子園やインターハイが中止になるなど、目標を失って辛い思いをしている人がたくさんいると思います。自分も目標を失う辛さを知っていますが、どんなに苦しくても新たな目標を見つけて、努力を続けることを大切にしてほしいです。金メダルを獲得した北京大会から来年で12年が経ちました。今再び金メダルを目指すことができるのは、先の見えない苦しい時期を乗り越えてきたからです。プレーできる環境に感謝しつつ、日々努力していけば、きっとそれぞれの形で報われるのだと思います。自分のいまの目標は、「金メダル」だけです。世界の頂点に再び立つことは、これまで支えてくれた人たちへの一番の恩返しになるはずですから。

PROFILE

  1. ソフトボール選手 山田 恵里
  2. 1984年3月神奈川県生まれ。小学校より軟式野球をはじめ、 高校入学時にソフトボールに転向。 2002年厚木商業高校卒業、同年日立製作所入社。2004年アテネオリンピックで日本代表に選出され、 銅メダル獲得。2008年には主将としてチームを率いて北京オリンピックで金メダルを獲得。 日本リーグでは、2018年通算400安打、2019年通算200打点と前人未到の記録を達成。

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